1月13日

前日はマナーハに宿泊。食後にジャンビーアダンスを披露してもらう。ジャンビーアとは、イエメン人の標準的な服装で、幅広のベルトにへそ前に差している半月刀の事である。ジャンビーアは一人前のイエメン男の証であり、イエメンの象徴とも言えるのではないだろうか?ジャンビーアダンスはそのジャンビーアを抜いて、勇壮に踊る舞踏。最初の軽いテンポの時は「はないちもんめ」みたいな感じなのだが、やがてテンポが上がってくると勇壮になってくる。食後にかかわらず全員参加のダンスは思い出深いものになった。
食事の前に団長の森光さんから「明日のバニーイスマイルはトレッキングがあります。」とのことがダンス中ちらちらと頭をかすめたが、微妙に激しいダンスは小一時間ほど続いた・・・。
翌日のマナーハは快晴。雲が視界より下に広がる景色は標高2000mを実感させる絶景でした。
8:00出発。途中ハジャラの街へ。

ハジャラの街。出入り口は一カ所のみ。外壁は高く、念入りにウチワサボテンが植えられていた。

ハジャラの街。出入り口は一カ所のみ。外壁は高く、念入りにウチワサボテンが植えられていた。

九十九折りの道はイエメンの重要な陸路。道の建設には中国人の労働力で完成。

九十九折りの道はイエメンの重要な陸路。道の建設には中国人の労働力で完成。




現地ではハッ・ジャアラと発音するこの街は、標高2245mに位置、昔のままのたたずまいを見せる城塞の様な街。出入口になる門は一カ所のみでつい10年ほど前は夜になると門が完全に閉じていたそうです。ハジャラは現在、観光地としての色合いが強く、我々が着いたときにいそいそとおみやげ物を準備していた姿はほほえましくも微妙な気持ちになった。

旅は一路「バニーイスマイル」を目指し途中マナーハの集荷場に。ここはアルカブースの仲買人の集荷場で、バニーマタル地方のコーヒーが一度ここに集まります。

いわゆる「コッコ」。乾燥したコーヒーの実は黒く、固い。

いわゆる「コッコ」。乾燥したコーヒーの実は黒く、固い。

この石臼で脱穀。ギシルとブンに分けられます。

この石臼で脱穀。ギシルとブンに分けられます。




バニーマタルと呼べる豆はブクラン、ヒラーラ、ハイダル・ジャルクの3カ所から集められたもので、本物といえるものは石臼で脱穀される。

ギシルを計量する計り。

ギシルを計量する計り。

脱穀後のギシル。石臼で脱穀された物はカラの形を綺麗に残す。

脱穀後のギシル。石臼で脱穀された物はカラの形を綺麗に残す。




マナーハの集荷場。間口は狭く、奥行きがあり暗い。

マナーハの集荷場。間口は狭く、奥行きがあり暗い。



取り引きされるコーヒーは公平に天秤に掛けられる。重さによっての取引。

取り引きされるコーヒーは公平に天秤に掛けられる。重さによっての取引。



山道に見える(この写真じゃちょっとワカラン)のが目的地バニー・イスマイル。

山道に見える(この写真じゃちょっとワカラン)のが目的地バニー・イスマイル。

可能な限りの車での移動は過酷を極める。

可能な限りの車での移動は過酷を極める。




目的地までは麓から約3時間位。谷からの転落、山頂からの落石、パンク、エンジン不良。すべてが考えられる過酷な状況。

山道は過酷を極める。車からは途中、何かが焼けるような臭いが・・

山道は過酷を極める。車からは途中、何かが焼けるような臭いが・・

4WDの限界ポイント。さらに細く、階段のような岩の道を登ります。

4WDの限界ポイント。さらに細く、階段のような岩の道を登ります。




さて、いよいよである。分乗した4WDの行ける限界まで走行するも、道は細く険しくなっていく。山道は下を見ればワディまで一気に下ることの出来るくらいの崖っぷち。運転手の「ビスミッラー」のおまじないに、自分自身も心の中で同時に3回唱える。

判りにくいかも知れませんが、車は3台に分乗しました。前の車と平行でないのが判りますか?この角度です。(奥はコーヒー畑)

判りにくいかも知れませんが、車は3台に分乗しました。前の車と平行でないのが判りますか?この角度です。(奥はコーヒー畑)

山から谷に向かって美しいパターンが幾重にも連なります。何世代にも渡り守る村の血脈です。

山から谷に向かって美しいパターンが幾重にも連なります。何世代にも渡り守る村の血脈です。




4WDの限界からはさらに激しい道程が・・・人は荷台に乗り込み、3台に分乗、岩の階段とも言える坂を勢いを付けて登っていきます。もちろんとなりは崖っぷち。いずれも車はトヨタでした。

進行方向左、岩の崖の合間に美しい段々畑が。

進行方向左、岩の崖の合間に美しい段々畑が。

その反対側、転がれば間違いなく1000mは落ちるでしょう・・。

その反対側、転がれば間違いなく1000mは落ちるでしょう・・。




荷台に乗り込んだトラックに至ってはショックがスプリングではなく板バネの昔懐かしい旧車。やっぱり頑丈なのよ。この当時の車は。今回の旅でトヨタを見直しました。ハードな道ならトヨタ、長距離安全、アクティブカーブ。どんな道でもガンガン登りますっ!!
そんなヒヤヒヤ山道を30分くらい登るとそこは・・・・・

荷台に乗ること約40分。山間から霧の立ちこめる集落が見えてきました。

荷台に乗ること約40分。山間から霧の立ちこめる集落が見えてきました。

バニーイスマイル全景。幻の街を発見した気分です。まさに桃源郷。

バニーイスマイル全景。幻の街を発見した気分です。まさに桃源郷。




まさしくイエメンの桃源郷。「ジュベル・バニーイスマイル」が広がるのです!!!この感動は一生の宝です。山頂にある集落の規模はかなり大きく、山の斜面を何代にも渡って造り上げたんだろなと、一目で判るほどの広大な風景でした。
珈琲の収穫はすでに終わり、若干、屋根で天日干しされている豆がありましたが、すべての実が赤く完熟したものでした。約10日ほど干されて黒く乾いた実もありました。その赤い実は口に含むと果肉の甘みと軽い酸味が印象的でした。うまいです。(後日、バニーイスマイルの袋に詰める手前の豆を持ち帰りましたが、その香りは完熟した糖度の高い果肉の香りがしました。)山間からコーヒー畑に霧が降りていく美しさは悪路を数時間掛けて登った疲れを軽く流してくれました。

村から見る山の風景。山そのものが畑となり、歴史となり、営みとなるその瞬間がそこにはありました。
村から見る山の風景。山そのものが畑となり、歴史となり、営みとなるその瞬間がそこにはありました。

村から見る山の風景。山そのものが畑となり、歴史となり、営みとなるその瞬間がそこにはありました。



テラスで乾燥されるコーヒーの実。奥が乾燥前、手前が乾燥後。

テラスで乾燥されるコーヒーの実。奥が乾燥前、手前が乾燥後。



面白いことに我々が歩くたびに何処からともなく子供がワラワラ湧いてきます。一体何人おるんじゃ。たしかにここまで登る外国人はいないでしょう。これだけの人数の外国人、しかもコーヒー関係者がこの地に登ったのは世界初ではないでしょうか。ちなみにトラックからの山道を現地では「Morimoto Road」と呼ばれているそうです。
そう、Morimotoとは森光のことで、(現地で森光の発音は難しいらしい・・)団長、森光宗男さんの名前が付いた坂なのです。
すばらしい体験でした。いつかもう一度この地を踏みたいと思いました。
この日はホテル到着が10時前、標高は2300mから一気に下がります。ホディダの海辺に面したホテルはなかなか快適。お湯が安定して出ないのが難点。